コンサルタントコラム

M&Aに潜む“ひそかな地雷” ― 労務リスクの見落としが招く落とし穴


人事コンサルタント 星野 陽子

M&Aは、事業拡大、経営資源の強化、シナジーの創出、リスク分散など、さまざまな目的で実施されます。
企業の成長や経営課題の解決の手段として有効ですが、M&Aによって企業を買収する際、財務・税務・法務のデューデリジェンスは以前から一般的に実施されてきましたが、労務デューデリジェンスは十分に行われてきませんでした。
企業の労務コンプライアンス意識も現在ほど高くなく、未払い残業代や労使間トラブルのリスクについては見過ごされることが多かったのでしょう。

しかし、売り手企業が以下のような労務問題を抱えており、それが買収後に発覚したとしたら、その債務はどうなるのでしょうか。
・労働時間が1分単位で算定されておらず未払い残業代が発生していた
・裁量労働制の適用要件を欠くのに裁量労働制が適用されていた
・固定残業代を基本給に含めて支給しており、本来の基本給で計算すると最低賃金を下回っていた

あるいは、以下のような組織風土や安全配慮等に関する問題が潜んでいる可能性もあります。
・ハラスメントによるトラブルが常態化していた
・労災事故が発生していたにも関わらず、適正な対応がなされていなかった
・実態は労働者派遣であるのに、形式上は請負契約により業務が行われていた

このように、労務リスクを軽視してしまうと、買収後に予期せぬ負担が発生し、事業運営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
実際に、買収直後に労働基準監督署による臨検監督で、隠れていた問題が露見してしまうこともあります。

M&A後に仮に未払い残業代が発覚した場合でも、必ずしも売り手に請求できるとは限りません。
これは、買収契約における表明保証条項や補償条項に大きく左右されます。

M&Aは短期間で意思決定されることも多いですが、その中でも勘所をしっかり押さえた労務デューデリジェンスを実施することで、買収価格を見直したり、意思決定が変わることもあるでしょう。

また、労務デューデリジェンスはリスクを明らかにするだけでなく、M&A後の人事制度や労務管理の統合の難易度を予測するためにも重要です。

本来、成長のために行われるM&Aが結果的に大きなトラブルになってしまい、自社に損失をもたらしては本末転倒です。
撤退や再売却に追いこまれてしまうことも考えられますので、M&Aの本質的な成功のためには、スピードや表面的な数字だけで判断すべきではありません。
見えにくい「人と労務」のリスクにも確かな目を向けることが不可欠です。

執筆者紹介

人事コンサルタント

星野 陽子 ほしの ようこ

企業人事アドバイザリーの他、就業規則等諸規程の制改定、IPOやM&Aシーンでの労務デューデリジェンスなどのコンサルティング業務にも従事。お客さまに寄り添い、広い視野と高い視座でのアドバイスを心掛ける。

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