コンサルタントコラム

労務トラブルを防ぐための研修の役割 ー上場準備企業の内部統制視点から


人事コンサルタント 星野 陽子

上場準備において、証券会社や監査法人が最も強く指摘する領域のひとつが「労務管理体制」です。その体制を実効性のあるものにするには、労務に関する正しい知識をすべての従業員、特に管理職が確実に理解し、日常の運用に落とし込むことが欠かせません。

労務トラブルは、企業内部で静かに蓄積され、ある日突然、大きな不祥事として表面化する傾向があります。未払残業、長時間労働、ハラスメントなどは、決算書や帳票にはすぐには現れません。しかし管理職の判断ミスや知識不足が重なることで、組織に歪みが生じ、気づいた時には企業全体を揺るがす問題に発展している――このようなケースは珍しくありません。上場審査では、こうした“潜在化しやすい労務リスク”が特に警戒されます。

審査で重視されるのは、単に「現在、問題が発生していないか」だけではありません。むしろ本質は、問題が起きないようにする仕組みを企業として構築できているかという点にあります。具体的には次の要素が重要です。

✓ 労働時間管理のルールが現場に浸透しているか
✓ 管理職が基礎的な労務知識(36協定、休職、懲戒、ハラスメント等)を理解しているか
✓ 相談窓口・エスカレーションの仕組みが実際に機能しているか
✓ 現場運用を支える教育・研修が計画的に実施されているか

もし研修等による問題を起こさない仕組みづくりが行われていなければ、
「ルールがあっても現場が理解していなければ意味がないのでは?」
「将来的に管理職の判断ミスで重大なトラブルが発生するのでは?」
「内部統制が実質的に機能していないのでは?」
といった疑念を与えかねません。

実際、労務トラブルの多くは“知識不足”によって引き起こされます。たとえば、長時間労働を見逃す、残業指示を適切に行わない、不適切な評価・人事判断をする、感情的な注意がパワハラと受け取られる――。これらは規程の不備ではなく、「知らなかった」「判断基準が曖昧だった」という人的要因が原因です。

だからこそ、上場準備企業に求められるのは、管理職全員が共通の労務コンプライアンス基準を理解し、同じ判断ができる状態をつくることです。その実現手段として最も効果的なのが「労務管理研修」です。

研修は単なる知識伝達にとどまりません。企業が「労務リスクを未然に防ぐ取り組みを行っている」という証拠(エビデンス)であり、主幹事証券会社にとっては内部統制の有効性を判断する重要な材料となります。

労務トラブルは企業の信用、ブランド、そして株価にも直結します。上場準備企業には、一貫性のある教育と運用が不可欠です。労務管理研修は、その第一歩であり、組織を守る防波堤と言えるでしょう。

執筆者紹介

人事コンサルタント

星野 陽子 ほしの ようこ

企業人事アドバイザリーの他、就業規則等諸規程の制改定、IPOやM&Aシーンでの労務デューデリジェンスなどのコンサルティング業務にも従事。お客さまに寄り添い、広い視野と高い視座でのアドバイスを心掛ける。

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