コンサルタントコラム

人的資本を最大化するリスキリング


人事コンサルタント 菅谷 明音

岸田首相が「5年で1兆円を投じる」と表明し注目度が高まっているリスキリング。
AI・DX人材の不足と絡めて語られることが多く、デジタル化により将来的に余剰になっていく領域の人材にデジタル技術を学ばせていくこと、のように理解されている方が多いのではないでしょうか。

リスキリングは、大きくはその目的によって全くアプローチの異なる2つの型に大別されます。
内閣の推し進める「新しい資本主義実現会議」の構想においては、リスキリングは成長分野への人材の移動、つまり企業間・産業間での労働移動という文脈で語られています。
一方、人的資本経営のあり方をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」においては、経営戦略実現のためのリスキル、すなわち組織内で不足するスキル・専門性を現有社員に獲得させ、要員を補う戦略として述べられています。

企業が主体となって自社の社員にリスキリングの仕組みを提供していくならば、当然後者となるでしょう。本稿では、企業内における労働移動を前提としたリスキリングの有用性と進め方を考えてみます。

ここで改めてリスキリングの定義を見ると、「新しい職業・職務に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」を指しており、ここでもまた2つの型に別れます。

一つは、同一の職務において、デジタル化などにより作業の内容や工程が変わっていくことへの対応としてのリスキリング。これは業務効率化を目的とするものなので、言うまでもないでしょう。
もう一つは職務を超えて、現在不足している/将来的に必要となるスキルの獲得を社員へ促していくリスキリングです。

人材不足を外部採用ではなく内部移動と育成によって解決することを目的とするならば、まず自社の事業戦略、経営戦略の方向性とそれをもとにした人材ニーズを明確に定義することが、ここでいうリスキリングの出発点となります(必ずしもデジタル領域に限った話ではありません)。
推進のステップは、以下のようなものが考えられます。

①現在不足している/将来必要になる人材要件と必要なスキルを明確にする

②現在の社員が保有するスキルや経験を可視化し、①とのギャップとそれを埋めるプログラムを検討する

③学習環境を整備し、会社がしっかりと伴走する体制を整える

④獲得したスキルを実際にビジネスに埋め込んで機能させていく

社員に様々なラーニングプログラムを提供し自発的な学習を推奨している企業は多くありますが、個々の社員の自助努力によるリスキリングの効果には限界があります。
企業がリスキリングを自社の重要な事業戦略と捉え、投資し、主導することでリスキリングの効率は高まると考えられます。
加えて重要なのは、リスキリングへの動機付けや、高いスキルを身に付けた社員が社外に流出することを防ぐため、獲得したスキルや実践度合をしっかりと評価し、報いていく報酬体系を設けることです。

このようにして内部人材のスキルシフトが実現できれば、外部採用ではない、自社業務をよく理解している社員だからこその自社に合ったスキルの活かし方ができ、企業文化も維持できるというメリットもあるでしょう。
また、こうした仕組みをセットしておいて、スキルセットやプログラムの幅を広げたり見直したりすることで、事業の変革や戦略転換へ機敏に対応できることも考えられます。

これらはまさに、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す人的資本経営の理念を体現するものといえるのではないでしょうか。

執筆者紹介

人事コンサルタント

菅谷 明音 すがや あかね

企業人事全般に関するアドバイザリー、人事制度構築、諸規程の制改定をメインに活動。
お客様目線で組織風土や実務プロセスを意識しながら、専門家としての多角的な視点でアドバイスを行っている。

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