賃金制度改定における「不利益変更」の要点
人事コンサルタント 菅谷 明音
人事制度や賃金体系の変更を行う場面において、人事担当者の頭を悩ませるのが「不利益変更」の問題ではないでしょうか。
賃金の減少という不利益を伴うような制度改革は全ての社員の同意を得なければできないのではないか、また不利益が生じることによって起きるハレーションや、訴訟リスクを抱えるのではないかということを過度に恐れて、必要な制度改革を断行できない企業も目にします。
結果、どうなるかというとズルズルと旧来の制度を運用し続けることで、会社が目指す成長戦略の実現や、そのための人材マネジメントからは遠のいてしまいます。
個々の社員のトータル賃金を維持または増額できるならばもちろんリスクは生じませんが、それでは賃金原資が膨れ上がり、経営を圧迫します。
人事制度の改定や手当の改廃は、言い換えれば「同じ原資をどこに、どれだけ配分するか」の割合や方法を変更することです。
例えばある企業が、生産性を高め競争力を強化していくという経営戦略を打ち立て、それまでの年功的な人事制度から成果主義的な人事制度への転換を図ろうとすれば、戦略実現のために原資配分を最適化した結果、配分が増える人もいれば減る人もいるのが必然です。
このとき、配分が減ってしまう人の納得感、モチベーションといったものを気にするあまり、改定前とさして変わらない制度になっては、本末転倒となってしまいます。
制度を骨格から変えるような場合に、全ての従業員の納得感を得ることは不可能です。制度改定の効果を最大限に引き出すのならば、本当に納得感を得るべきなのは改定後の制度によって活躍できる人、より高い報酬を得ることになる人でしょう。
あるいは、属人的な手当や現状に合わない旧来の手当を廃止しようとするケースで、総原資を減らさずにより全体が公平に受益できる手当に置き換えるとしても、廃止される手当を受けていた従業員は既得権を奪われるわけですので、心からは納得できないのも無理からぬことです。
不利益変更において最も重要なのは、不利益を被る者の同意や納得を得ることではありません。
賃金原資の総額を減少させないこと、そして趣旨、背景、実現しようとしていることなど、経営戦略と絡めた改革のストーリーを論理的に説明し、「浸透と理解」を図ること、一定期間の賃金補填措置を設けて対象者の生活への影響を低減することで法的リスクをコントロールすることです。
「合理性なき不利益変更」は法令で禁じられていますが、その一方で、経営環境や社会情勢の激しい変化に対応しながら事業を持続的に成長させ、人材を確保し成長させていくことは、長期的には「不利益変更」が生じることを前提としなければ実現できないといえるでしょう。同時に、不利益変更への対応を間違えば訴訟リスクを抱え、新制度への円滑な転換を阻害することもまた認識しなければなりません。
弊社のコンサルタントは社会保険労務士としてのバックボーンを有しています。労働契約法による不利益変更の合理性判断基準や裁判例を押さえたうえで、合理性のバランスを取って法的リスクをコントロールし、あるべき制度の実現を支援します。