狙われる未払残業代-今一度見直すべき未払残業代の発生源
人事コンサルタント 菅谷 明音
賃金債権の消滅時効が5年(当面は3年)に伸長される改正労働基準法が2020年4月に施行され、間もなくその3年が経過しようとしています。
2020年4月以降に賃金支払い期を迎えた賃金がその対象となるため、今年2022年は消滅時効期間が3年へと伸びていく経過の年でしたが、2023年4月1日以降は、丸々3年分の未払い賃金を請求できることになります。
本稿では、時効伸長により予想される影響とともに、未払残業代を生じさせないために改めて直視し、留意していただきたい点に触れたいと思います。
■未払残業代ビジネスの過熱と請求件数増加
「請求できる」というのは労働者あるいは労働者の代理人弁護士側の立場ですが、その立場に立って時効伸長の影響を考えると、単純計算でも未払い残業代の請求金額、成功報酬はこれまでの1.5倍となります。
かつての過払金請求ビジネスのように未払残業代請求も既にビジネスモデル化されつつあり、この動きは来年4月以降更に加速していくことが予想されます。
そうしたビジネスで稼ぐ事務所は効率を重視しますので、特に未払い残業代が膨らみがちな業種(運送業、建設業、飲食・サービス業など)や就業体系(年俸制、裁量労働制、管理監督者、外勤営業職など)がターゲットにされやすいと言えます。
これまで以上に未払残業代請求に関する広告やプロモーションが増え、それによって請求のハードルは更に低くなり、未払残業代の訴訟あるいは訴訟を前提とした請求が増加することは容易に想像ができます。
■グレーゾーンに潜む未払残業代
そうした中で企業の労務管理に目を向けると、SNSの普及や労働力人口減少による採用難などの時代背景からコンプライアンス意識は年々高まり、「誰が見ても労働時間である時間」に対して賃金を支払わない、というようなあからさまな未払残業代は減少しているという印象です。
一方で、次のような “グレーゾーン”になりがちな例については、労働時間として扱うべきか、運用が適正かをしっかりと検証しないまま、明確な根拠なく労働時間から除外したり、実は不適正な運用をしてしまっているケースがまだまだ多くあるように思います。
① 労働時間該当性のグレーゾーン
・所定の制服、作業着等の更衣時間
・緊急時の顧客対応のための待機時間
・業務と密接に関連する自習・自己研鑽の時間
・義務ではないと謳いながら実質的に強制参加となっている研修・教育の時間
② 外勤営業職への事業場外みなし労働時間制度の適用
③ 労基法41条の管理監督者として扱い、割増賃金の対象から除外
①の時間を労働時間から除外しているのであれば、その時間の具体的性質と、労働時間に該当しないとする客観的に合理的な理由を説明できるようにしておくべきです。
また②、③については多くの裁判例が存在しますが、そのほとんどが無効と判断され、未払残業代の支払いを命じられています。法令の要件と判例の具体的な判断に照らせば、自社の取扱いが有効と言えるかは概ね見当がつきます。リスクを正確に把握するため、しっかりと認識しておくべきでしょう。
■1か月単位の変形労働時間制に潜む未払残業代
つい先月、10月26日に名古屋地裁において日本マクドナルド社の1か月単位の変形労働時間制が法の要件を満たさないとして、無効と判断されました。
同社は毎月変わるシフト表によって勤務日や時間を決定していましたが、このような場合には就業規則や労使協定に、「各勤務パターンの始業終業時刻」「勤務パターンの組み合わせの考え方」などを定め周知しておかなければならないことが通達(昭63.3.14基発150号)で示されています。無効と判断されたのは、これを明記していなかったことが要因です。
変形労働時間制が無効になれば、労働基準法の「所定労働時間は1日8時間、1週40時間まで」のルールがそのまま契約内容となります(直律的効力)。それを超えて勤務していた時間は全て時間外労働となるため、割増賃金の支払いが命じられました。
これは地方裁判所の判決ではありますが、同様に1か月単位の変形労働時間制の有効性を否定した裁判例は他にも存在します。各月のシフトにより勤務させる場合、就業規則に「事前に定めるシフト表による」と記載したのみでは有効要件を満たさないことは明白と言えるでしょう。
■「監督署調査で指摘されない=適正」ではない
労働基準監督署の調査では、余程黒に近くない限り前掲のグレーゾーンには積極的に触れてこようとはしません。グレーが薄くなるほど行政が判断することは避けられます。
また1か月単位の変形労働時間制においても、監督署が上記の点にまで踏み込んで指導してくる例には、小職自身これまで触れたことがありません。
しかし、訴訟となれば裁判所は非常に厳しい判断を行います。監督署に指摘されないからと安心していても、ひとたび未払残業代の請求訴訟がなされれば高額な未払残業代を支払わなければならなくなる可能性があるということを認識する必要があります。
■早期のリスク点検と改善を
ここで挙げた点以外にも、労働時間の把握方法や割増賃金の単価の計算方法について認識が不足していたり、誤った認識によって意図せずに未払残業代を生じさせてしまっているケースも多く見受けられます。
未払残業代は、大小の違いはあれどほとんどの企業に存在しています。リスクを未然に低減するため、自社で未払賃金が生じていないか今一度点検をし、早期に対策を講じることが肝要です。