IPOでの労務デューデリジェンスがなぜ必須であるか
人事コンサルタント 星野 陽子
IPO(株式上場)に際しては、コンプライアンスの遵守状況が重視されますが、その中で、労務管理も重要な内部管理体制の整備項目と言えます。労務管理の審査で問題点が指摘され、上場が延期された企業も多くあります。
従業員を使用していれば、当然、労働に関する法令を遵守する必要があり、労働時間管理、賃金(残業代を含む)の適正な支払、管理監督者の適正な処遇、安全衛生に関する体制整備、社会保険の適正な管理などへの対応が求められます(特に、未払残業代は、会社の簿外債務となりますので、決算にも影響する重要な論点です)。
例えば、東京証券取引所の「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」は、IPO申請会社の事業内容等を把握するための審査資料の一つとして東証に提出するものですが、人事・労務に関しては、以下の記載が求められます(以下、「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」より抜粋)。
(1)企業グループの人事政策
申請会社及びその企業グループを含めた人事政策について、採用方針並びに具体的な採用方法、人材教育及び人員配置等の観点から記載してください。
(2)最近3 年間における企業集団の従業員の異動の状況
最近3 年間における企業集団の事業セグメントごとの従業員の異動の状況について、次の表の要領で記載してください。
(3)出向者の状況
基準事業年度末日における企業集団の従業員のうちに受入出向者(又は派遣出向者)がいる場合(出向元(又は派遣先)が企業集団内部である場合を除きます。)には、出向元(又は派遣先)の名称、出向元(又は派遣先)ごとの人数(役職別の内訳を付してください。)及び出向(又は派遣)の目的・理由について記載してください。
(4)今後2 年間における人員計画
今後2 年間における人員計画について、企業集団の事業セグメントごとに記載してください。
(5)勤怠の管理方法、時間外労働の状況、みなし労働時間制等
企業集団における次のa~h について記載してください。
a.勤怠の管理方法及び未申告の時間外労働(いわゆるサービス残業)の発生防止
勤怠の管理方法(労働時間の記録、管理職による承認、人事担当 部署による管理の方法を含みます。)及び未申告の時間外労働の発生を防止するための取組みについて記載してください勤怠の管理方法(労働時間の記録、管理職による承認、人事担当 部署による管理の方法を含みます。)及び未申告の時間外労働の発生を防止するための取組みについて記載してください。
b.時間外及び休日労働に係る労使協定の内容
時間外及び休日労働に係る労使協定を締結している場合には、その内容(36 協定に特別条項が設定されている場合には、その内容を含みます。)について記載してください。
c.みなし労働時間制
みなし労働時間制を採用している場合には、適用範囲、適用範囲ごとの適用者数、当該範囲の決定理由、みなし労働時間の決定理由、適用者の労働時間管理方法及びみなし労働時間制に係る労使協定の締結状況を記載してください。
d.平均時間外労働時間の推移
最近1 年間及び申請事業年度における事業セグメント・職種ごとの各月の平均時間外労働時間の推移を記載してください(管理監督者(管理職)を含みます。また、季節変動性がある場合には、その理由も記載してください。)。
e.36 協定違反の状況
最近 1 年間及び申請事業年度において 36 協定(特別条項を締結している場合には当該条項の内容)に違反している従業員が存在する場合、違反事由別に事業年度及びセグメント・職種ごとの延べの違反人数、発生原因を記載してください。
f.長時間労働の防止
長時間労働の防止のための取組みについて記載してください。e で違反事象を記載した場合は、その原因分析を踏まえた再発防止策にも言及してください。
g.賃金未払いの発生状況
最近1 年間及び申請事業年度における従業員に対する賃金未払いの発生状況(発生時期、期間、件数、金額)及びその後の顛末について記載してください。
h.管理監督者
部署ごとに、企業集団各社で定義(認識)している管理監督者(管理職)の数と、労働基準法で定めるところの管理監督者の数を一覧にして記載してください。なお、差異が発生している場合にはその理由も記載してください。
(6)最近2 年間及び申請事業年度における労働災害の発生状況及び安全衛生に係る取組み
企業集団における最近2 年間及び申請事業年度における労働災害の発生状況(発生日、内容等)及びその後の顛末について記載してください。また、安全衛生に係る取組み(労働災害の発生防止に係る取組み、各種委員会の開催、産業医の設置等)について記載してください。
(7)最近3 年間及び申請事業年度における労働基準監督署からの調査の状況
最近 3 年間及び申請事業年度における企業集団の労働基準監督署からの調査の状況(調査日、調査内容、指導及び是正勧告の有無並びにその内容等)について記載してください。(企業集団のうち記載が困難な会社がある場合には、その理由を示し、記載を省略することができます。)
(8)懲戒処分の状況
企業集団における最近 3 年間及び申請事業年度における懲戒処分の処分内容別の件数について記載してください。
上場審査に耐えうるように以上を回答していくためには、まずは、現状の課題を把握して、適正、適法な人事・労務管理体制を構築していかなければなりません。
では、どのように課題を把握するかと言えば、やはり社外の専門家による労務デューデリジェンスの実施によるかと思いますし、労務デューデリジェンスを早い段階で実施して、課題に対する具体的な対策をしっかりと講じていくことが重要でしょう。
パブリックカンパニーへの転換のための人事労務分野の第一歩として、労務デューデリジェンスは避けて通ることはできないと言えるでしょう。