それでも残業してしまう社員の心理
人事コンサルタント 宮川 淳
残業上限法規制が大企業で適用され半年以上が経ち、来春からは中小企業にも拡大されます。「なんとか36協定の限度内に収めているものの、残業を減らす効果的な手立てがない。」コンサルティングの現場では、このような人事部からの相談をよく受けます。
ここで私の脳裏に浮かぶのは、ある人事系イベントでの大阪大学大学院の安田洋祐准教授の講演です。その内容は「ゲーム理論」のモデルを用いて残業してしまう人の心理を説くものでした。
ここに、慢性的に残業している二人の社員A、Bがいると仮定します。
AB両者が定時に退社できれば、互いに満足度が+2増えるとします。
ABとも残業が変わらないなら、満足度は±0のままです。
では、Aが定時で退社し、Bが残業したままだと、どうなるのでしょうか。
Aは「自分だけ仲間から外れる」ことになり、Bから批判を浴びる可能性があるため、満足度は+1に留まります。BはAの皺寄せで残業が増える可能性もあるため、満足度はマイナスに悪化します。
つまり、理屈の上では、全員が定時に帰るのが最善と分かっていながらも、一部の者だけが出し抜くことで生じる自己の不利益を恐れて、誰もが残業を選択してしまうのです。自分だけでなく、周囲も定時で帰れる期待が得られないと、人間は必ずしも合理的な行動はとらないというのが興味深いところです。
恒常的に残業が多い職場の多くは、このような働く側の心理的な問題が潜んでいると思われます。そこを打開しない限り、人事がいくら旗を振っても効果は限定的で、すぐに悪循環に陥ってしまうでしょう。どんな仕組みを作っても、皆が利益を得られるような期待値が高まらないと社員の行動は変わらないのです。このことは人事のあらゆる局面で共通する課題と感じます。