コンサルタントコラム

実効性あるカスハラ対策で健全な企業へ


人事コンサルタント 菅谷 明音

東京都が全国で初めて、カスタマーハラスメント防止条例制定に向けて動きを加速させる中、先日は北海道も条例制定を目指すと報じられ、行政発のカスタマーハラスメント防止への動きが世間の耳目を集めています。

現行の法令では、パワハラに関して事業主が講ずべき措置についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)内で、カスハラについても適切な対応や被害者への配慮等を行うことが望ましいと記載されるに留まっていますが、
一方で昨年秋には心理的負荷による精神障害の認定基準が改正され、カスハラを受けたことによる労災認定の線引きが明文化されたのは記憶に新しいところです。

カスハラの実態としては、パーソル総合研究所が今年2~3月に実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」において、顧客均衡があるサービス職の労働者の約35%が過去にカスタマーハラスメントを受けたことがあると回答しています。
更に、職種別のカスハラ被害経験率と離職率がマップ化された表では、医療職や福祉職、宿泊サービス、ドライバー、接客・サービス系職種等の特に不特定多数の個人顧客や消費者、患者と直接相対する職種において、カスハラ被害経験率も離職率も高いという結果となっています。

そしてもうひとつ、同調査結果の中で特に企業が注目すべきデータは「カスハラに対する会社対応」の影響です。
この調査結果からは、カスハラ後に会社が適切な対応を行った場合には被害を受けた従業員の会社への信頼度や相談のしやすさが高まりますが、カスハラについて会社が認知しているが対応しなかった場合、まったく真逆の影響を及ぼすことが見て取れます。


出所:パーソル総合研究所「カスタマーハラスメントに関する定量調査」

先に挙がった職種は昨今、深刻な人材不足に直面している職種とも言えますが、従業員のリテンションを、そして会社への信頼、すなわちエンゲージメントの向上を考えるときに、実を伴うカスハラ対策は不可欠であるということが言えるでしょう。

セクハラやパワハラ等の企業内で起こるハラスメントと異なり、カスハラの行為者は社内にはいないが故に、カスハラを根本からなくす対策はできません。
よって、カスハラが起きてもそれによる負の影響を最小限にする対策、カスハラが起きたら会社に相談ができる、会社が守ってくれるという安心感を醸成する対策に企業が一体となって取り組む必要があります。単に相談窓口を設置して周知するだけで終わってしまっては不十分でしょう。

カスハラ対策の難しさの一つは、当然ながら行為者が顧客であること、そしてもう一つは正当なクレームから悪質なクレーム、従業員の就業環境を害するようなハラスメントまでがすべてグラデーション状にあり類型が多様であることです。
現場や店舗内で、クレーム対応の延長上で処理されて完結し、そこで起きたカスハラの実態を人事は把握していないということの方が多いのではないでしょうか。

具体的な取り組みとしては、社内での事例の共有やマニュアル作成、従業員への研修、啓発資料の掲示、社外への方針公表など様々ありますが、全社横断的なカスハラ対策への一歩をこれから踏み出すのであれば、まず行うべきは従業員へのアンケート調査等により自社のカスハラの実態を正確に把握し事例を収集することに尽きます。
そうして収集された、程度も態様も様々な事例を分類し、「自社でのカスタマーハラスメントの判断基準」を策定することがカスハラ対策の基盤として不可欠であると考えます。

こうした調査によって会社がカスタマーハラスメントに対して本気で取り組む姿勢を見せ、方針を打ち出していくことが、従業員に「声をあげていいんだ」と感じてもらえることに繋がるのではないでしょうか。

各業界団体もカスハラ対策を強化する中、政府与党の雇用問題調査会が対策PTを立ち上げ、今後政策提言を行っていくこととしています。
法的な後ろ盾が徐々に整備されることで、企業としての取り組みも今後進めやすくなっていくと同時に、人的資本経営という側面からも、会社の人材を守るためのこうした取り組みはより一層求められていくことになるでしょう。

「従業員第一主義」であることが、企業の健全性を高める。そんな時代に移り変わってきているように感じます。

執筆者紹介

人事コンサルタント

菅谷 明音 すがや あかね

企業人事全般に関するアドバイザリー、人事制度構築、諸規程の制改定をメインに活動。
お客様目線で組織風土や実務プロセスを意識しながら、専門家としての多角的な視点でアドバイスを行っている。

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