改めて考える「非金銭的報酬とトータル・リワード(総報酬)」
人事コンサルタント 宮川 淳
2023年の春闘賃上げ率は、30年ぶりの歴史的水準で収束することが確実となりました。
大企業は競って賃上げを表明し、その同調圧力は中小企業まで波及し始めています。
実際、日本商工会議所が実施した「最低賃金および中小企業の賃金・雇用に関する調査」では、過半数の58.2%が2023年度に賃上げを予定しています。
そのうち6割が業績改善を伴わない「防衛的賃上げ」であることからも、無理をしてでも賃上げせざるを得ない、といった中小企業の厳しい現実が窺えます。
別の見方をすれば消極的な理由とも言え、賃上げの狙いや期待効果、検証方法までを明確にした上で、戦略的に実施している企業は少ないと言えそうです。
ここで改めて考えてみたいのが、賃上げにより報酬水準を上げることの意義です。
前掲の調査では、賃上げの理由(複数回答)として、上位は「物価上昇への対応(51.6%)」「人材の確保・採用(58.8%)」と続き「従業員のモチベーション向上(77.7%)がトップです。
この「モチベーション」について論じるとき、良く引き合いに出されるのは、アメリカの心理学者エドワード.L.デシによる動機付け理論です。
これは、人は金銭などの外部の報酬によって促される「外発的動機づけ」より、その人の内側から行動が促される「内発的動機づけ」の方が高いパフォーマンスを持続的に生み出すことができる、というものです。
賃上げのように金銭的報酬の増加は、短期的にはモチベーション向上に繋がる一方で、いずれ見返りがなければやらなくなる、といった心理現象を生み出すことが指摘されています。(これは「アンダーマイニング効果」と呼ばれています)
つまり、持続性のない賃上げは、逆効果にさえなり得るのです。
このことから、金銭的報酬という外発的動機付け施策をきっかけに、どうやって内発的動機付けに展開していくかが重要です。
そのためには、仕事そのものから得られるやりがい、成長、充実感、といった非金銭的報酬にフォーカスした打ち手を検討する必要があります。
この意味で、従業員の報酬施策を考えるにあたっては、仕事という経験を通じて得られる報酬価値も含めた、「トータル・リワード(総報酬)」という発想が求められてきます。
この概念自体は新しいものではありませんが、トータル・リワードに対する自社ポリシーがクリアでないまま、報酬水準の改善のみに走ってしまうと、外部動向や市場水準に振り回されるだけになってしまうでしょう。
賃上げが叫ばれれる今だからこそ、トータル・リワードの観点で、報酬マネジメントの最適化を検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。