名古屋自動車学校事件から紐解く基幹人事制度のあり方
人事コンサルタント 菅谷 明音
定年再雇用時における基本給や賞与の大幅な減額の不合理性が争われた名古屋自動車学校事件について、7月20日、最高裁の判決が出されました。
地裁および高裁では、正社員と定年再雇用者の間で職務内容も配置等の変更範囲にも差異はないと認定したうえで、定年退職時の基本給や賞与の60%を下回る部分については不合理な格差であると判示されていました。
しかしながら、不合理性を肯定する事実、否定する事実の認定には不可解な点が多かったという印象です。
そして最高裁は、原審が「基本給及び賞与の性質」や「これらを支給することとされた目的」を十分に検討しておらず、これらを具体的に検討したうえで不合理かどうかを評価しなければならないとして高裁判決を破棄し、審理をやり直すよう高裁に差し戻しました。
よって、不合理かそうでないかの判断は未だ下されておらず、高裁での審理の結果を待つこととなります。
本稿では事実認定や判決の詳細は省略しますが、注目したいのはこの「基本給の目的と性質」です。
労契法20条の解釈を示す初めての判例となった長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判決)で採用された「支給項目ごとに目的と性質を具体的に考慮する」という方法は、既に同一労働同一賃金に関する裁判での一般的な判断枠組みとして定着しています。
同事件では、正社員と定年再雇用者の職務内容や配置の変更範囲は同一であったものの明確な賃金体系があり、それぞれに異なる賃金制度を設けるにあたっての企業側の配慮や工夫、団体交渉での譲歩や調整が評価され、相違は不合理ではないと判断されました。
一方、本事件では一審・二審で賃金の分布を示す資料などは提出されておらず、定年再雇用者もさることながらそもそも正社員の基本給に明確な決定基準が存在しないことに原告側弁護士が言及しています。
最高裁も、正社員の基本給は「様々な性質を有する可能性がある」とし、その目的・性質がはっきりしないと指摘しています。
要するに、基本給の決定基準はブラックボックスになっていたということです。
そして日本における企業、特に中小企業では、基本給が本事件の状況に近しい企業はまだ多くあるのではないでしょうか。
正社員と定年再雇用者それぞれの基本給の「支給目的(=主観)」と「性質(=客観)」を、ロジックをもって説明できる企業は多くないでしょう。もし説明できないならば、それはすなわち基本給の相違が不合理ではないことを立証できる材料に乏しいということです。
なぜ従業員の基本給がこの額になったのか?ということを連続性を持って説明できるために拠って立つものが、会社の目標・ビジョンの実現や成果の公平公正な還元などといった目的と、それを具体的な要素に落とし込んで等級・評価・報酬に反映した”基幹人事制度”そのものになるのです。
差し戻し審では、基本給における年功的、職務給的、職能給的な要素と性質、そして目的について会社側が立証責任を負うことになります。
このようにブラックボックス化した基本給において、どこまでの解像度で性質や目的を立証、認定できるのかが再び注目されます。